その時、どんな話をしたか、どれくらいの時間だったかおぼえていないけれど、その人が、「あのね、清美ちゃん、いい歌を教えてあげるわね。
おぼえてくれる?」 清美はうなづき、本当にその人が好きになったと告白しています。
優しい美しい声で、その人は、幾度も幾度も歌ってくれました。
かみさまは のきのすすめまで
おやさしく いつもまもりたもう
小さいものをも めぐみたもう
小さいものをも めぐみたもう
清美もその歌を歌うと、その人はうれしそうに聞いてくれて、白いハンドバッグから千円札を出し、ちり紙に包んで、お祭りのお小遣いよ」、
と清美の手に握らせて、その人は帰って行きました。
幾度も幾度も振り返りながら。
うれしさのあまり、清美はもらった千円札をひらひらさせながら走って帰る途中、近所の女の子と出会います。
自慢げに、千円札をひらひらさせてみせると女の子は、「それ、どこでひろったの」、と言い、「ひろったんじゃない、よその小母さんにもらったの」。
「よそのひとが千円もくれる?」、と疑われ、ついには、店屋から盗んできたにちがいないと言いだし、清美の家までついて来て、
「小母さん、清美ちゃんがみせから千円とったよ」、と大声で叫んだのです。
子ども仲間から「どろぼぅ」扱いにされ、仲間外れにされてしまぅ。
子どもたちから離れ、一人ぼっちで遊ぶつらさ。それも毎日、来る日も来る日も。
そんなある日、ひとりの男の子が、札幌から夏休みでいじめっ子の家にやってきました。
名前は章。
いじめる子どもたちの中心的役割の女の子とは、わけありの義理の兄、その章が、清美から当時の話を詳しく聞いた後で、言いました。
「この子はどろぼうじゃない」。
誰か、この子がどろぼうしたところを見たのかと、子どもたちに迫り、清美の悲しく、苦しい心を解放したのです。
やさしく抱きしめて、あの歌を教えてくれた美しい小母さん、そして章。
二人の住む札幌は清美にとって特別の地となった。
この二人との出会いが、清美が二十三歳になるまでの年月、その間、大きな存在となってさまざまな場面に登場する『雪のアルバム』。
そのアルバムのぺージのあちこちに、清らかな輝きを放ちます。
清美の人生の「足の灯」となり「希望の光」となって導いていきます。
清美は四年生の頃から花の絵を描くようになっています。 母は言います。