清美は、さり気なく、庭に木立のある豪壮な邸宅に向かいます。
パーティが進むなか、遅れて、あの加奈崎が入ってくると、 「パパ、浜野清美さんよ」
と、野理子が得意そうに清美を紹介すると、「えっ?浜野清美?」
加奈崎の目が驚きに見開かれ、口はぽかんと開いたまま。清美の目はじっと加奈崎に強く注がれる。
一瞬であれ、驚愕の表情を見せたことに清美は満足する。
パーティ—が終わって、清美と一緒に加奈崎邸を出た章が、「君は、ぼくにとって、誰よりも大事な人なんだ。
だから聞くんだ。清美ちゃんはいつか、お母さんの話をしただろう。
ぼくは、そんなお母さんを持っている君の不幸を、共に担おうと思っていた。
一生負い続けなければならないその重荷を、ぼくも負いたいと思っていた。
君は、お母さんの相手が、野理子の父親だと知っていたんだね。 そして、君は、あの家に乗り込んだんだね」
乗り込んだ、といぅ言葉が清美の胸に刺さります。
「そんな君はぼくは嫌いだ。そんな恐ろしい君は嫌いだ」。
さようなら、の言葉を残して清美に背を向け、暗くなった夜の道を、章は走り去ってしまいます。 暗闇のなかに一人たたずむ清美の姿があります。 アルバムは、暗い闇の中でさまよう清美を映していきます。
「さょぅなら」、の言葉を残して、章が去って数か月、清美の高校生活は、魂の抜けたようなうつの時間でした。
高校を卒業した清美に、三月のある日、小さな郵便小包が届き、差出人の名前がない包みを開くと、小型の黒い表紙の新約聖書が出てくる。
表紙を開いてみると、そこをもくげきしていた章が入院中の清美を見舞いました。
こよ、『心の清い人は幸いである。その人は神を見るであろう』と、書かれていました。
清い、は清美の名前でもある。清美は直感的に、(章からだ)と思う。 章は見捨てて去ったのではない、と確信し、喜びがわいてきます。
清美は告白します。
『一本の素枯れたくさ、その草が青く耑耑とした、うるおいのある野の草に変って行ったのです』。
愛は奇跡を生むものなのですね。 聖書を開き進めていくと、『互いに重荷を負い合いなさい』という言葉に朱の線が引かれており、 それは、清美の心に食い込むようにありました。 (あの人は赦していてくれた)と、いう喜びに包まれ、(この聖書と共に生きて行こう)と、決めました。