星野富弘さん

強烈な思いで

星野富弘さんは、私より数か月先輩になります。

私が星野さんの詩画集に出会ったのは、 一九八二年のことでした。

当時の私は、 「楽しい授業をしよう」とばかり考えていました。 けれど、それは“上手さ”と勘違いしていたのだと、 しばらく後になって気づくことになります。

きっかけは、夏休みに仙台へ出かけた時でした。

まだ西口にペデストリアンデッキがない頃。 駅から青葉通りを見渡すと、 右手に丸光デパート。 左手には仙台ホテルと日の出ビル。 にぎやかで、人の流れが絶えませんでした。

私は仙台ホテルの方へ歩き、 手前にあった本屋に入りました。

立ち読みをしていると、 偶然、一冊の詩画集が目に留まりました。

へたくそで、短くて、 たどたどしい絵と言葉。 けれど、ページを開いた瞬間、 私は驚きました。

ほんの数行の中に、 きれいで、きらきら光る“命”がありました。 私はその場で、すぐに買い求めました。

その時、もう一冊。 濱口國男さんの詩集も手に取りました。 気に入ったのは「便所掃除」でした。

家に帰ると、私は一気に読みました。

特に心に残ったのは、 星野さんが動けない身体に苛立ち、 お母さんがスプーンでご飯を運んでいた時のことです。

星野さんは、 口の中のご飯を、 ばあっと、お母さんの顔に吐きかけてしまった。

お母さんは何も言わず、 静かに病室を出ていったそうです。

後に星野さんは、 「ぺんぺん草」の中でこう書いています。

――もし手が動いたら、   お母さんの肩をもんであげよう。

その一行に、 母への詫びと愛、 そして、生きることの再出発が 込められているように感じました。

私は、目の前の小さな命に 深い意味を見出す星野さんのまなざしに、 強く心を動かされました。

そして思いました。 星野さんのお母さんは、 どんな方だったのだろうと。

 
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